青の淵を覗く

岡田以蔵からヒントを得た時代小説です。書き上がるのか?
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1頁 第1章1

2007.11.16 Friday | 1章

 夏の湿気が、肌にまとわりつく。潮のにおいが江の口川を逆流して立ち上ってくる。夜明けまであと半刻だろうか。空は鈍く青い。星も次第に生命を失っていく。朝か夜か判らない青い世界にぼんやりと座っていた。
 家の前を流れる川の堤に佇んでいると、青い光に照らされた、白いものがぬめりと光ながら流れていく。川と潮の流れにぶつかり合い、方向をどこに定めたら良いのか判らないように、ゆっくりと流れていく。白い物体は向きを変え、くの字に曲がった棒のようなものが空を指した。よく見ると、それは、人の腕だった。まだ筋肉に包まれていないような肩と、珠が一直線に連なったような背骨の隆起は余計な脂肪を感じさせない少年のようだった。首から上は無かった。だから、本当のことは判らない。それは、子供だった兄者と同じくらいの年頃だったか。いや、自分よりも多少は大きな背中だった。背中は、斜めに赤い線が入っていた。あれだけ斬られたら即死だったろう。
 白いふやけた皮の下には、赤い肉が鮮やかに光っていた。
 尻にも、いくつもの刀傷が見える。黄色い脂肪が溢れ出すようだった。
 上士の気まぐれで斬られたんだな、と、不思議な気持ちでその死体が流れていくのを眺めていた。夢と現の境界線のような青い色彩の世界で、それが現実だったのかどうかの判断を奪うような光景だった。自分が目覚めている感覚はあるのだが、その死体を見ている自分を後ろから眺めているという、現実感を欠いたようだった、とよく兄者は言っていた。いつものことか。上士が下士の誰かを試し斬りにしたのか、と何の絶望感も何もなく、ただ見つめていた。
 そんな話を目の前に座っている岡田啓吉は船の上で語り始めた。船底から出てきた江藤新平は、それが何なのか、よく理解できなかった。空は澄んでいて、遠くに見える峻厳な山々がこんもりと黒い塊となって、無気味な生命力を放っているようだった。冷たい一月の風が、江藤の頬に触れた。
 まだ三十路を超えるかどうかの青年が、膝を抱えるようにしながら手を組み、自分のつま先を見つめるように語りだした。四角い顔とそれを大きくしたかのような肩を持つ、典型的な土佐の男だった。江藤は、この四角い男を、匿ってくれた命の恩人ではあるものの、侮蔑の心を抑えきれないままに見つめていた。
「稲尾までまだある。少し、死者の話でもしようか」
author : parano | - | -